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  • 2007.07.28 Saturday
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業界こぼれ話 「糸電話」は昔は何と呼ばれていた?


「糸電話」には「電」は関係ない・・・

制作・演出 松本こうどう

「糸電話」はおかしな名称である。

「糸電話」は「電話」が発明されるより以前に発明、というか考え出されたものである。だが、名称に ”電話” とついている。ヘンである。

「糸電話」は「電話」が発明される前は何と呼ばれていたのであろうか。「糸電話」以外に「糸電話」を形容する名称がない。不思議である。

「糸電話」は1665年にロバート・フックというイギリスの物理学者が、世の中に初めて本で紹介したとされている。それから200年以上経った明治の初期、おそらく1870年には日本にも紹介されている。

一方、「電話」は1876年にベルが発明。1877年にはベル式の電話機が日本に輸入されて工部省と宮内省の間で電話回線が使用されていた。翌年にはベル式の日本製電話機1号が誕生し、1890年に東京と横浜で一般電話の使用が開始されている。

何と「糸電話」は「電話」の発明の211年も前に考え出されている。しかし、このときは「糸電話」の構造だけが紹介されており、名称の記録はないようである。(「糸電話」は当初は金属線を使用しており、日本も紹介された当初は金属線を使用)

「糸電話」は日本語であるから日本の状況を考えてみる。「糸電話」の存在を日本人が知ったのは1870年ごろ。日本人が「電話」を知ったのはその後の1876年のベルによる電話の発明のとき。このときに「電話」という訳語は生まれたと思われる。

日本では「糸電話」の存在を知ってから「電話」という言葉を知るまでは6年程度と意外に短い。だが、日本ではこの6年間は「糸電話」は何と呼ばれていたのであろうか。「電話」の訳語を知らない日本人が「糸電話」に ”電話” とはつけられない。さらに当時は「糸」でなく「金属線」を使用していたから、「糸電話」に ”糸” とは普通はつけない。

「糸電話」が日本で一般の遊びに普及したときには、「金属線」の代わりに安価な「木綿糸」が使用されている。 ”糸” はその時から名称につけられたのであろうか。それでも「電話」の存在や訳語を知るまでの間は「糸電話」は日本で何と呼ばれていたか、さっぱりわからない。

「糸電話」には、「糸電話」以外に「糸電話」を形容する名称が、どうしても思い浮かばない。「糸電話」は「電話」が発明される前までの間は何と呼ばれていたのか想像もできない。これが何ともおかしい。

実は、当時から「イトデンワ」と呼ばれていた。だが、「糸電話」は当て字である。「電話」が発明されてから名称に「電」の漢字が使われた。それまでも「イトデンワ」と呼ばれていたが、漢字は「糸伝話」と書かれていた。「糸を伝わる会話」で「糸伝会話」とされていたが、略されて「糸伝話」になり、「電話」の普及とともに「糸電話」と書かれるようになった。

「糸電話」は「糸伝話」と呼ばれていた。これで、不思議な「糸電話」の名称の謎が解けた。

断っておくが、この「糸伝話」説は私が考えた話(作り話とも言う)である。想像した話だから決して人には言わないで頂きたい。本気にする人がいたら困る。特に国語学者などには絶対に言わないでもらいたい。

コピーライト2006 松本こうどう

取材インタビュー 2006年10月31日公演の出演者

制作・演出 松本こうどう

今回は、学園祭シーズン特別公演で学生自主製作映画の2本立て上映。映画祭参加作品の中から好評だった短編映画から「なななのか」と「ヘルズライト フロム トウキョウタワー」の2本を選び上映。


映画 「なななのか」

映画上映: 自主製作映画 「なななのか」
2005年度作品 本編23分
主演 畠山孝 浦志由有騎
監督 常岡 玄
2006年東京学生映画祭 本選参加作品

死後の初七日までの間に幽霊となって現る友人をコミカルに描いた映画である。霊魂について面白い発想で物語が構成されているが、冒頭の場面での男性二人の会話内容がわかりにくいのが残念である。ストーリー運びにも観る者がもっと理解できるような工夫がほしかった。だが、オリジナル作品としてこの分野に挑戦している若者らしい映画作りの姿勢は高く評価したい。(松本こうどう)


映画 「ヘルズライト フロム トウキョウタワー」

映画上映: 自主製作映画 「ヘルズライト フロム トウキョウタワー」
2004年度作品 本編44分
主演 石川俊介 黒木愛子
監督 砂肝 修
2005年度早稲田映画祭 SABU賞受賞

ひょんなことから、迷子になっていたインドネシアからの留学生の女の子が主人公の家に同居することになる。彼女には何故住むところがないのか、身元は誰なのか、主人公はこの謎解きに奔走する過程で彼女に恋をする。芸術的な視点での構成が多い学生自主製作映画の中ではしっかりとしたドラマ仕立ての作品である。彼女にテレビ番組名を使ったゲームで日本語を教えるシーンのユーモアセンスは非常に面白い。今の日本の若者が忘れている純愛を問う映画として観ても、充分に見どころを感じる作品である。(松本こうどう)

演出ノート モデルの女の子が行方不明!


あれっ、集合場所に誰も来ない・・・

制作・演出 松本こうどう

出演者が収録時間になっても撮影現場に現れない。

主役級は全員揃っているのに、仕込みの脇役が来ないために番組収録が出来ない。現場ではこれはホントに困る出来事である。

一般論で言えば、理由のいかんを問わず、時間通りに現場に来ないヤツが悪い。言い訳は通用しない。だが、遅れた理由を調べて見ると制作側のスタッフ関係者にもっと配慮があったらふせげていた遅刻だったかもと思う場合が結構ある。

誰が悪いではなく、現場に来ない人間がいると結局はその場の全員に迷惑がかかる。いくら遅れた人間の自己管理や自己責任を問うても、結局は損をして大変な目にあうのは制作側である。従って、制作側スタッフにも自覚と責任感が必要である。

かなり以前の事であるが、ロケ先でモデルが二人ほど行方不明になったことがあった。もちろん、モデルの彼女たちにも多大な落ち度があるのだが、制作側スタッフにも配慮が足りなかった場合に起きたアクシデントの好例なので話してみたい。

京都での撮影の時であった。前日まで他の地方での撮影があった制作スタッフ陣は、その日の朝早くに京都入りして、京都駅周辺で出演者および他の関係者と待ち合わせる事になっていた。待ち合わせ場所は前日の夜遅くに決まった。従って、事前にファックスで関係者に配られた撮影スケジュール表には、「当日の集合場所は京都駅周辺、詳細は前日に決定して連絡」と記されていた。

前日にレポーター役の子が宿泊した「京都新・都ホテル」の前での集合と決まった。京都駅前のホテルである。当日は集合時間までに、レポーター役の子も含めて関係者が続々と集まって来た。

モデル役の子たちを3人お願いしており、その子たちはそれぞれ別々の場所から集合場所に自分たちで来ることになっていた。時間までにモデルの一人はやって来たのだが、他の二人は中々来ない。スタッフの担当者に言わせるとこの二人を含めたモデル全員に前日に宿泊していたホテルに電話をかけて集合場所と時間をきちんと伝えてあるとのことであった。確かにそのうちの一人はきちんと集合場所に来ている。

モデルと言ってもマネージャーが一緒に来るクラスの子たちではない。本人たちが責任を持って現場まで来なくてはならない。スタッフの担当者もちゃんと伝えてあるのにと首をかしげる。当時はまだ携帯電話を所持していない人も多かった。十九か二十歳くらいのこのモデルたちもやはり携帯電話なんか持っていなかった。

彼女らがそれぞれ前泊したホテルにも問い合わせてみたが、彼女らはちゃんと今朝それぞれチェックアウトしている。簡単に言えば、二人のモデルが行方不明になっているのである。「行方不明」とは大げさにと思われるかも知れないが、こういう時の当事者の気持ちにはこの表現がピタッリと合う。

30分を過ぎたあたりから、こちらも焦ってきた。他の関係者のイライラも募ってくる。本当はこのモデルたち抜きで撮影を見切り発車したいが、撮影の構成上そうも行かない。さらに15分が経過する。もう限度と感じた私はスタッフの担当者に、彼女ら二人に電話で何と伝えたのか、正確に教えろと迫った。

彼は「集合場所は京都駅の京都新・都ホテルで時間は○○です」とちゃんと伝えたと繰り返す。ホテルの住所も電話番号も伝えてあると言う。だが、ホテルには何の連絡もないし、彼女たちは現れない。

その時に私はハッと思った。彼女たちはもしかすると「京都新・都ホテル」ではなくて、間違えて「京都 都ホテル」に行っているのかも知れないと。「ウエスティン都ホテル京都」の名称がまだ「京都 都ホテル」の頃である。電話で「場所はキョウトシンミヤコホテル」と言われた場合に、京都に不慣れな人には有名な「キョウトミヤコホテル」に聞こえるかも知れない。ましてや「京都新・都ホテル」の存在を知らなかったら、なおさらの事である。

早速、「京都 都ホテル」に電話をかけてそれらしき人物を探してもらう。だが、該当者が見つからない。もうダメかと思ったときに、モデルの彼女ら二人がノコノコとやって来た。聞けば、あまりにも皆が来ないので不安になってホテルのフロントに住所を確認してみて間違いに気がついたとの事であった。案の定、モデル3人のうちの2人がホテル名を勘違いしていた。

件のスタッフ担当者は、彼女らに「何故先にホテルの住所を確認しなかったのか」と怒っていたがこれは違う。確かに間違えた彼女たちの落ち度は大きい。また、間違いに気がついた後には「京都 都ホテル」から「京都新・都ホテル」に今から向かう旨を電話連絡するくらいの配慮も必要であった。だが、このスタッフ担当者から彼女たちへの事前の電話連絡の内容にも配慮が足りなかったのは事実である。

彼は電話口で「京都新・都ホテルと京都 都ホテルの二つがあるが、そのうちの京都新・都ホテルの方であるから間違えないように」と付け加えるべきであった。これで相手には類似した二つのホテルがあることが伝わり、ホテル名を間違えることもなくなる。

仮に相手に名称の似たホテルが二つある事を伝えなくても、相手にホテル名を復唱させるなどして確認しておけば、こんなミスは起らない。要は確認作業を怠ったために起きたアクシデントである。確認をしなかったヤツも悪い。

確認作業というのは相手がこちらに対して必ず行なうとは限らない。だから先手を打ってこちらから相手に対して確認を行なうのが確認作業である。だから、確認作業においては、「相手に伝わっていると思った」とか「わかっているものと思っていた」とか「こちらの言葉が足りなかった」などという言い訳は一切通用しない。確認をしないでおいて、いざトラブルが起きると「(予期せぬ誤解があり)相手も自分もお互いに被害者であった」などという子どもじみた意識を持って責任逃れをするのはご法度である。

おわかりのように、この「確認」ひとつ省いただけでとんでもない事体になる。悪いのは相手であっても自分たちの「配慮」が足りないと結局は自分たちの損になる。相手のせいにしても始まらない。制作の時だけではなく、日常の生活においてもこの事は絶対に忘れてはならない。こういう事がきちんと出来ない様では気が利く人間とは言えない。

結局撮影は1時間遅れでスタートしたが、今度は待たされていたレポーター役の子の機嫌が悪くなった。「確認」をひとつ怠るだけで、災難は永遠に続く。肝に銘じたい。

コピーライト2006 松本こうどう

業界こぼれ話 「お冷」の語源は英語?


冷たい水を飲んで考える・・・

制作・演出 松本こうどう

冷たい飲み水を「お冷(おひや)」という。「冷(ひや)」と言う場合もある。

考えるとチョット変わった言い方である。飲食店などで「お冷ください」と言うと「冷たい水をください」という意味である。どうして冷たい水を「お冷」とか「冷(ひや)」と呼ぶようになったのであろうか。「冷水(ひやみず)」の略語なのであろうか。語源を紹介するテレビ番組用に考案したボツネタを紹介する。

時は1874年(明治7年)にさかのぼる。東大がまだ東京医学校と呼ばれていた頃から日本の食文化には変化が始まる。そして明治28年。それまで主流であった飯屋や蕎麦屋などの日本の飲食屋に文明開化の波が押し寄せてきた。東京の銀座に西洋料理屋なるものが登場する。今で言うレストランの洋食屋である。

そこで日本人はポークカツレツなるものを生まれて初めて口にする。当時「とんかつ」はポークカツレツと呼ばれていた。「とんかつ」と呼ばれる様になるのは、後にポークカツレツが和食になってからである。

その西洋料理屋では、飯屋や蕎麦屋で出していたお茶は合わないので、西洋式に冷たい水をコップに入れて出していた。ちなみに現代でも洋食屋で出されるポークカツレツには水は合うが、お茶では合わない。だが、同じ食材なのに和食の「とんかつ」ではお茶が合うのはおもしろい。

西洋式の料理屋と出会ったばかりの当時の日本人にとっては、透明なガラスコップに入った冷たい水は珍しかった。何しろ家庭にはまだ電気冷蔵庫がない時代である。家では冷蔵庫で冷えた水など飲めない。西洋料理屋では椅子に座り、白いテーブルクロスの上の洋食とともに冷たい水を戴く。それだけで充分に文明開化を感じていた。

さてある日、ひとりのおばあさんがこの西洋料理屋に入って、入口のそばのテーブルに案内された。このおばあさんにとっては西洋食は初めての経験である。知っている蕎麦屋とは違い勝手がわからない。何の料理が出るかも知らない。まさしく西洋文化との出会いである。

テーブルについたおばあさんは、給仕(ウエイトレス)が注文を取りに来るまでの間、まわりのテーブルにいる客に出される西洋料理を眺めていた。テーブルの上の料理の横にはコップに入った冷たそうな水があり、客は美味しそうに飲んでいる。おばあさんにとってはこのコップに入った水も珍しい。

そこにイギリス人(一説にはオランダ人)と思われる夫婦が入って来て、同じように店の一角のテーブルに案内された。西洋の香りのする銀座の洋食屋に外人が入ってきた。洋食が始めてのおばあさんはこのイギリス人夫婦の一挙一動を注意深く見守る。おばさんにとっては西洋料理屋での本場の振舞いを目の当たりにして見ているような気がした。店は非常に混んでいた。そのためか、給仕はおばあさんにもイギリス人夫婦にも中々気がつかない。

そこでイギリス人の旦那が給仕に向かって手を上げ、Look Here(「お〜おい」と注意を促す言葉)の意味で「Here!(ヒヤ)」と大きな声をかけた。これでイギリス人夫婦に気がつぃた給仕は銀色の金属製のお盆にのせた、コップに入った水を持ってやってきた。

コップに入った水をテーブルに置き、イギリス人夫婦から英語での注文を緊張しながら聞く給仕。その光景を見たおばあさんは「コップに入った水」は「ひや」と言うのだと思ったに違いない。おばあさんにとっては「ひや」は英語か日本語かなどと言う次元ではない。西洋文化との出会いで聞こえた今まで知らなかった文明の言葉が「ひや」であり、意味は「西洋料理屋で出されるコップに入った水」であった。

そこでおばあさんも同じ様に手を上げ、丁寧に「お」をつけて、「おひや」と給仕に向かって声をかけた。文明開化の頃から日本人は、特に舶来のものには不自然であってもすべて「お」をつけて尊敬の念を表した丁寧な言葉とした。例えば「おビール」とか「おフランス」のようにである。

イギリス人夫婦から「ヒヤ」と言われ緊張していた若い女性の給仕。おばあさんからは「おひや」と言われた彼女はこの「ひや」から、「そうか、先ほどは外人さんから冷水(ひやみず)の事を言われたのだ」と解釈した。おばあさんは「ひやみず」に丁寧に「お」をつけ、「おひや」と略したのだと思い込んだ。おばあさんが思っている解釈とは違ったが、こう感じ取った給仕は、おばあさんに向かって笑顔で「コップに入った水」を運び、「おひやをどうぞ」と応えた。

この「おひやをどうぞ」の「おひや」と言う言葉は他の給仕たちにも好評であった。「お冷」と書かれ、銀座では誰もが使う言葉となった。東京だけでなく、銀座を訪れる地方からの客も「お冷」とか「冷(ひや)」と言うようになり、やがて日本中の西洋料理屋で使われる言葉となった。これが「お冷」の始まりとされている。

「お冷」は全く意味の違う英語の「Here」を誤解して使った日本人の「おひや」が、さらに日本語の「冷水(ひやみず)」と勘違いされて生まれた言葉であった。語源が「Here(ヒヤ)」であるので、「お冷」の「冷」は当て字だという学説もある。また、言語学的に「お冷」そのものが外来語であると見なされる可能性も高い。

最後に断っておくが、これは私が考えた話(作り話とも言う)である。想像した話だから決して人には言わないで頂きたい。本気にする人がいたら困る。特に国語学者などには絶対に言わないでもらいたい。

コピーライト2006 松本こうどう

演出ノート 「遅れている時計」と「止まった時計」


あなたの時計は本当に「正確」ですか?

制作・演出 松本こうどう

ここに1分「遅れている時計」と全く「止まっている時計」がある。さて、どちらの時計の方がより「正確」であろうか。

1分「遅れている時計」は仮に持ち主が1分遅れている事を知らないで使っていたとしても生活上の使用にほとんど影響がない。一方、全く「止まっている時計」は(骨董品や美術品としての価値がある場合を除き)全く利用価値がないから、使用可能な時計ではない。だから、人は1分「遅れている時計」を使用可能な時計として選ぶ。そして、人は1分「遅れている時計」の方がより「正確」と思う。これは「正しい」判断である。

だが「正確にはどちらがより正確か」という問題になってくると実は話は別である。そう、「正確」が常に「正しい」ということでない場合の話である。

1分「遅れている時計」は1分遅れて針が進んでいる以上、1日24時間中に「正確」な時刻を針が指す事は一度もない。すなわち、「正確」な時は絶対にない時計である。しかし、「止まった時計」は違う。

仮に3時を指して止まっているアナログ時計があった場合、1日に3時は2回あるから、この「止まった時計」の針は1日に2回は必ず「正確」な時刻を指していることになる。すなわち、「正確」な時が必ずある時計である。だから、1分「遅れている時計」と「止まった時計」のどちらがより「正確」かというと、答えは「止まった時計」という事になる。理論上はそういうことになる。(実際には現実の時間に「止まった時計」の針が指す時刻があるというだけなのだが)

理論上はそうであっても、日常の生活には「止まった時計」は全く使えない。いくら1日に2回も「正確」な時を刻んでいるとは言っても、いつがその「正確」な時であるのかが分からないから、結局は全然使いものにならない。「正確」であっても「正確」な時が「正確」に分からない。「正しければ良いってもんじゃない」というのはこういう場合に言うセリフである。(この場合の「正しければ」は、実はこういう「正しい」鎧を着た「間違っている事」を指しているのである)

だが、実社会ではこの「止まった時計」の理論でものごとが運用されている場合が多い。いくら全体的におかしくても、その中の「正確」な部分だけに目を向けて「止まった時計」と「遅れている時計」の話のごときに、こちらの方が「正確」であるということにされてしまう。銀行や役所、公的団体、学校関係者などには、いまだにこういった理論展開で話を進めている社員や職員の人たちがいる。カネ儲けだけがいかに正しいかを「勝ち組」と「負け組」の形容で理論展開してきた連中もそれを支持したメディアも同じである。

誰しも経験があると思うが、「正確」だけを基準に事を進め、現実に合わなくても「これが正しい」と「止まった時計」もどきの理論を利用して「本来はこうだ」と言われると反論のしようがない。どう考えても庶民の実社会には合わない理論展開であるのに、この理論の主張側にとってはそれが「正論」ということになっている。事実「正論」である。しかし、本当は「正しい」鎧を着た「間違った正論」である。そう、本当はそれは「止まった時計」である。

おわかりとは思うが、実社会では庶民は「遅れている時計」の感覚で物事を進めている。実社会には全く「正確」な事などあり得ないはずである。絶対に正しい事などあり得ないはずである。だが、間違えてはいない。「止まった時計」の理論に比べるとより「正確」ではないかも知れないが、大きな流れではより「正しい」選択をしている。これが「正しい」現実感覚である。

それに気づかずに、「止まった時計」の方が「正確」であるとするから、庶民感覚を無視してカネがすべてに優先する考えがまかり通る。銀行も学校も病院も役所も公然と弱者排除を行う。だが、忘れてはいけない。いくら「止まった時計」はより「正確」であっても本当は全く利用価値がない。そう、今の日本の銀行や学校、病院、役所などと同じである。いまだに彼らの「時計」は「止まっている」のである。

役者が役作りで何かになりきる。その仕事をした事がなくてもその職業人らしく演じる。演出家もこうしたら良いと演技の方向性を示す。こうやって出来上がる「役」を見て良く「微妙にホンモノと違う」とか「正確」ではないと指摘をされることがある。なるほど、全体的に役作りの方向性は合っていても「遅れている時計」と同じで「正確」ではないのかも知れない。

例えば、ドラマなんかで「あんな刑事や医者は現実にはいない」なんて場合がある。しかし、その役どころの「刑事」や「医者」はドラマでは人気だったりする。一方、現実の警察や病院には人気どころか問題のある「刑事や医者」がたくさんいる。考えても見て頂きたい。子どもたちに夢を与えるのはこういうドラマの中の現実にはいない、「正確」ではない「刑事や医者」たちである。これもまた先と同じ「正しければ良いってもんじゃない」ということである。

物語はいつも現実をモデルに描写しているとは限らない。庶民感覚の理想をモデルとして描いている場合も多い。作家や演出家は現実の「止まっている時計」をせめて物語の中では少なくても「遅れている時計」くらいには変えたいのである。

実社会でも物語でも「コレって違うんじゃないの」と思ったときには、ぜひとも「遅れている時計」と「止まっている時計」の話を思い出してみてほしい。

そして、何が「正確」かではなく、何が本当に「正しい」かを判断してほしい。

コピーライト2006 松本こうどう

取材インタビュー 2006年10月24日公演の出演者


楽屋でインタビュー中の加藤さん


映画 「χ(カイ)」

本日出演ゲストの加藤郁子さんに本番直前のインタビューをしてみました。

本日の歌の選曲はどういう想いでされましたか?

加藤さん:
個人的に大好きな歌でもあって、名曲だと言われる曲を選びました。名曲でもあまり知られていないようなものを交えて、皆さんにゆっくりお昼の時間を楽しみながら聴いていただけたらなという想いで曲を選びました。


どうして歌を歌おうと思われたのですか?

加藤さん:
もともと歌が好きで、合唱団に入っていたりもしました。学生時代は歌だけに限らず、興味があった踊りやミュージカルなどを学んでいました。たまたまご縁があって、皆さんの前で歌を歌うことになりました。


これからどう活動されていきたいですか?

加藤さん:
30歳という区切りを迎えたこともあって、自分を見つめなおしてみて、興味があるお芝居とかいろいろ勉強して、自分をもっと成長をさせたいなと思っています。ですから、いろいろと勉強していこうと思っています。まだ諸先輩方を見ていると夢や諦める意味も分かりませんからね。


インタビュー中、明るい表情で笑顔が絶えませんでしたが、その中にも凛とした雰囲気と強い志を持った加藤さんが印象的でした。これからどんどん輝いていく加藤さんに期待し続けたいと思います。

ご来場者の皆様に映画 「χ(かい)」についてインタビューしてみました。

本日の映画はいかがでしたか?

観客(30代男性):
学生映画らしく、個性あるアイディアで撮られている作品だなと思います。


観客(20代男性):
非常に強いメッセージがある映画だと思いました。いい映画だったと思います。


以上、取材 坂井でした。(2006年10月24日 オチャマメにて)

加藤郁子(かとう いくこ)プロフィール
感動の映画「1リットルの涙」の主題歌「空へ」を唄い、「こんなにも美しくせつない歌声」と絶賛された歌手。テレビでは「キティズパラダイス」に主役の「歌うおねえさん」としてレギュラー出演し、子どもたちからも高い人気を得る。また、フジTVの朝番組「めざましテレビ」に4年半に渡りレポーターとして出演するなど、幅広い芸能活動を行なっている。

自主製作映画 「χ (かい)」  
映像が美しい。ストーリーは意味不明の感があるが、ひと昔前の音楽映画を思わせる学生製作映画。日本各地でのロケ撮影などに若者による現代感覚の芸術性が見出せる。キャメラワークのテンポもどことなく観る者の気持ちをひきつける作品である。難しく考えないで映像と音を楽しみたい。

稲門シナリオ研究会製作 2003年度作品 本編25分 
監督 川海空風光(せんかいくう ふうこう) 
主演 小桝裕己  田口桃子 伊浜順一

制作メモ やったもんがち☆

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遙かなる大志に近づく

制作アシスタント 坂井

やりたいことやったもんがち 青春なら♪
という歌詞がある某忍たま乱太郎のテーマソング。
青春に限らず、自分の幸せにも、社会のためにも、やることを実行してやることが素晴らしいことを説いているのだと思う。
とりあえず動いてみてから、初めて反省や気づきから、人は成長していくものだと思う。
とりあえず夢や目標があるならばやってみよう!
オチャマメに出ることで学べることがあると思う。
富士山のようにそびえる内に秘めた想いを出して欲しいし、そこから周りを突き動かすなにかが生じるはず。


演出ノート 「打ち上げ」が本番

オフイス風景 1
制作ルーム やはり企画は難しい・・・

制作・演出 松本こうどう

打ち上げと言ってもロケットの打ち上げではない。イベントの「打ち上げ」である。

イベント終了後に制作に携わった裏方がお互いの労をねぎらうために開くパーティである。もちろん、出演者も参加する場合もあり、彼らと裏方、業界関係者との懇親会的な役割もある。

最近、この「打ち上げ」で気になることがある。本番の制作よりも「打ち上げ」が本番のごときに、その「打ち上げ」だけで盛り上がる輩が多くなってきたことである。何も酒を飲んでバカ騒ぎをすると言った話ではない。「打ち上げ」の準備と開催に本番の制作や運営よりも力を入れて本末転倒であると言ったことでもない。では何かと言うと、制作準備や本番には力を入れていたわけでもないのに、「打ち上げ」の席ではあたかも自分たちがイベントで大変な努力をしてきた真の功労者であるかのように、その場で話を盛り上げてしまう連中がいる事である。これは若者より年配者にその傾向が強い。

「打ち上げ」ではお客様やスポンサー関係者は立てなくてはならない。当たり前のことだから、それは良い。問題なのは他の制作スタッフの苦労と努力を「打ち上げ」の場で自分たちの功績にすり替える錬金術師たちである。

大きなイベントの場合などでは200人近い大勢のスタッフが一同に集まって「打ち上げ」が行なわれる。みんな担当も部署も違い、制作過程では顔も知らないスタッフ同士が「打ち上げ」で集まる。お互いの事情を知らない者たちの集まりである。こういう場では錬金術師が現れる。

「打ち上げ」の場では、制作の準備段階から一生懸命にやってきて、当日も多忙であった担当部署のスタッフほど意外と静かである。ちょうど燃え尽きたあとの花火の残り火のように充実感のあとの余韻にひたっている。「打ち上げ」は充分に楽しんでいる。だが、何もバカ騒ぎしなくても充分に嬉しい。これが真に仕事をした者の姿かも知れない。

それに比べて、制作準備段階では他の予定を優先してあまり力を入れてなかったり、手を抜いて当日もあまり活躍する場がなかったりしたスタッフは、せめて「打ち上げ」の場での充実感だけでも味わおうとする。仕事で燃え尽きていないから、その場のサボった仲間の「連帯感」でまとまろうとし、彼らにとって「打ち上げ」がイベントの「メインイベント」となる。仕事で手を抜いた分、「打ち上げ」では生き生きとする。

そんなときには必ずそれらの「連帯感」をまとめる仕切り役も登場する。大抵の「仕切り役」はちょっと年配者である。制作準備段階の会議には適当にしか参加していなかったはずの中間管理職クラスの人がお客様やスポンサー関係者を前にした「打ち上げ」では突然にそのイベントの「仕切り役」になる。会議では無責任な発言と態度しか見せなかった人が、いつの間にか責任感の強い陰の立役者になっている。

「仕切り役」はイベントの功労者を褒め称えて主役として立てつつも、実は自分のペースで(司会者でもないのに)勝手に会を進行させて、イベント本番ではなかったはずの自分の居場所を「打ち上げ」の場を利用して作り上げる。あたかも皆の知らないところでは自分は重要な位置に存在していたかのようにふるまう。知ったかぶりで、イベントに欠点があったと論評する。

しかし、実際には制作の肝心な部分には関係していないから、知らないことやわからないことが多い。そこで、いろいろとバレる前に先の「連帯感」を利用する。この「連帯感」の持ち主は若者たちが構成員である。彼らはイベント制作では手を抜いていたがお祭は大好きである。本番では出番がなかったが、「打ち上げ」では充実感を得たいと思っている。自分たちも盛り上がりたいと思っている。こんなときに自分たちの思いを「打ち上げ」の場で酌んでくれる「仕切り役」はありがたい。ここで彼らの足並みが揃う。イベント制作中にはあり得なかったチームワークである。

「仕切り役」はイベントの功労者や主役陣の挨拶がひと通り終わったところで自らの演出に入る。まずは自分の過去の話で、自分にはいかにスゴい活躍があったかを皆の前でさり気なく、だがしっかりと述べる。そのイベントとは全く関係ない話だが、まわりの反応を気にしないで自分のペースを作り始める。まわりもその雰囲気にのまれる。そこから、あたかも自分は影の功労者にも目を向けているとばかりに件の「連帯感」をうまく取り入れる。

「仕切り役」は司会者も仕切り始める。「連帯感」構成員にマイクを持たせて、あたかも彼らが影の功労者であったかのように報告をさせる。彼らも喜んで報告を始める。意味のない報告だが、「連帯感」構成員たちで盛り上がる。彼らのイベントの始まりである。「仕切り役」はいちいち報告に感激のコメントをつける。あたかも影で自分が動いていたかの様に締めくくる。

そしてここが肝心なのだが、本当のイベントの功労者や主役陣に対して、「君達も良くがんばってくれた」と称える。別に自分は管理ポジッションにいるわけでもないのに「良くやってくれた」と称える。誰もが認める真の功労者を称えることによって、イベントにおける自分の超越した立場を勝手に作り、「打ち上げ」における自分の居場所を確実なものにする。功労者たちが、苦笑いをしながら賞賛を受けたときにはもう「仕切り役」の術にはまっている。

「打ち上げ」参加者の意識には、このイベントは皆でがんばった、やはり・・・さん(仕切り役)がいないと事はまとまらないとインプットされる。こうして彼らの「打ち上げ」イベントは盛況のうちに幕を閉じる。これは「打ち上げ」ジャックによるイベント功労の横取りである。

もしかすると「打ち上げ」というのは本来こういう輩のためにあるのかも知れない。そもそも「打ち上げ」とい名称がヘンである。スペースシャトルは「打ち上げ」で飛行というイベントが始まるが、決して帰還後に「打ち上げ」というプロセスはない。だから、イベントの始まりのパーティである前夜祭が「打ち上げ」と言うならわかるが、そうではなくイベントの終わりのパーティが「打ち上げ」と言うのは何故なのか。

やはり、イベント中に燃えずに打ち上がらなかった連中のために、イベント終了後に「打ち上げ」があるのかも知れない。そして「打ち上げ」で連中は確実に燃え上がる。打ち上がる。最後に打ち上がって勝つために、「打ち上げ」は彼らが考案したイベントであった。

「打ち上げ」で初めて打ち上がる連中はどこの会社にもいる。「打ち上げ」の意味がわかった気がした。

コピーライト2006 松本こうどう

公演プログラム オチャマメ2006年11月28日公演

ライブ名: 代官山お茶の間豆劇場 ”オチャマメ” 公演概要はココ
日程: 毎週火曜日 午後12:00開演 〜 午後1:30終演
午前11:30開場  入場料: 1,000円(+飲み物代一杯500円別)
会場: 豆風ライブハウスdaikanyama 晴れたら空に豆まいて

制作・演出 松本こうどう


ソーヤ谷村

出演アーティスト: ソーヤ谷村(そーや たにむら)
ミュージカル・ソー演奏者。弓を使って西洋「のこぎり」で音楽を演奏するアーティストである。「アベマリア」「荒城の月」「イエスタディ」などの名曲をおよそ「のこぎり」とは思えない口笛を思わせる音色で演奏する姿は数多くのテレビ出演などでお馴染みである。また、フジTVアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の挿入曲に氏が演奏する音色が使用されているのは有名である。ヨーロッパで発祥したこの「のこぎり」音楽演奏は、「のこぎりはきこりたちの道具ではなく楽器である」と思わせる芸術性の高さを感じさせる。氏の完成された演奏パフォーマンスを心ゆくまで楽しんで頂きたい。


フジTVアニメ 「ゲゲゲの鬼太郎」 コピーライト水木プロ・東映アニメーション


西洋のこぎり(見本)


長岡とえ

出演アーティスト: 長岡とえ(ながおか とえ)
アコースティックギターとキーボードでオリジナル曲を演奏するシンガーソングライター。今年6月より、「メルヘン吟遊詩人」をキャッチコピーにして、ソロでの活動スタイルを確立。大衆に向けた素朴な曲で「笑いあり、そして涙あり」のステージをお送りする。

制作メモ 事件

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ひらめき!

制作アシスタント 坂井

人との出会いは何かの意味があるのだと思う。言葉を変えれば、何かの縁があるんだと思う。いきなり唐突な抽象論をあげたが、素直に感じたことだ。

人との出会いを介し、感動や新たな動きが発生する。これは紛れもない事実だろう。そしてこれは自分にとっては「事件」である。人の手を介して何かが起るから「事件」である。良い意味での「事件」である。人の注目を浴びて意味がある事が起きる。そんな風に感じてるから「事件」という言葉が浮かんだ。

自分にとって、オチャマメも何か意義がある。またそこから何か生まれるのだろう。

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