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  • 2007.07.28 Saturday
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演出ノート 実話の「怪談」


今夜も制作作業で朝までデスクワーク

制作・演出 松本こうどう

視聴者や読者から投稿された実話怪談の本が流行っている。この夏も、どこのコンビニの書籍コーナーにもこれらの「怖い話」の本がところ狭しと置かれていた。

著者が有名な作家やライターであってもそのほとんどが一般の人が投稿した「恐怖の体験実話」をそのまま紹介している話である。各話のはじめには投稿者の氏名(もしくはイニシャル)、年齢、職業、性別が書かれている。

だが、本の冒頭には必ず「恐怖体験談の人名、団体名などはプライバシーを考慮し、すべて仮名です」と書かれている。だから各話のはじめの「氏名」は仮名である。また「周囲の方に著しくご迷惑をおかけする恐れがあるため(実際の)地名の掲載は致しません」というのもある。そして巻末には必ず「あなたの体験談をお寄せ下さい」とある。

なるほど、一般の人からテレビやラジオ、出版社に実話の恐怖体験談の応募が多数あるのかも知れない。それをもとに本が出版されている。だが、地名は秘密(あるいは県名や市名だけの記述)、出てくる団体名は架空、体験した日時の詳細は記述なし、そして体験者の名前は仮名。これでどうして読者はホンモノの心霊恐怖体験実話と信じられるのかと疑問に思う。

ゴーストライターの事を「怪談を書く人」という意味と勘違いしていた人がいたが、もしかしたら、実話体験者に成りすました、そういう意味の「ゴーストライター」がいるのかも知れない。

何も本に書かれている恐怖の体験実話がすべてウソっぱちと言っているのではない。ただ、あらゆる体験実話を検証して見た結果、日本には「心霊実話」が多すぎると思うのと、多数の出版社の本に全国の違う地方から違う投稿者名(違う仮名)で寄せられた似たような、というかほとんど同じ「実話」の恐怖体験談が多数載せられていることが不思議でならない。果たしてこれらはホントの「実話」なのであろうかと疑問に思う。

エンターテインメントとしての怪談小説ならいざ知らず、「実話」と謳っている「怖い話」の本が創作であっては、看板に偽りありになってしまう。「事実」でないことは作り話であって「実話」ではない。だとすると「実話体験談」と書いてある本には、ちゃんと「事実に基づいた実話」が書いてあるのであろうか。「実話」ならホントに幽霊はいるのであろうか。

本が本当に実在する投稿者から寄せられた心霊体験を載せていたとしても、それはすぐにホントの心霊体験「実話」とはならない。ホントに「幽霊は実在する」とはならない。投稿者が送った「作り話」かもしれないからだ。(投稿者が何かを幽霊と見間違えた場合などは、間違いでも一応ホントの話をしているから「幽霊は実在する」とはならないが「実話」とは言える)

「事件の目撃談」でもそうだが、通常はその話の信憑性が客観的に確認されなければ「実話」としてテレビや本に出ることはない。確認が取れない話は「・・さんの証言によると」になり「実話」とは言わない。

だが、怪談だけは例外である。話がホントかどうかなどは調べない。もっとも「幽霊を見た」という人の話がホントかどうかを調べる方法がない。幽霊は霊感がある人にしか見えない(というかそう言う事になっている)から「事件の目撃談」のように同じ事象を見ていた他の人が、「それは見ていない」と言っても、それは霊感がないから「見えなかった」で片付けられてしまう。だから、心霊現象は「見た」という人がいれば、それはすぐに「実話」体験になる。

こどもの頃は誰もが「オバケの話」が怖かった。でも大人になるとオバケ話は怖くない。それは「オバケの話」が作り話だとわかっているからである。だが、オバケは怖いから「実話」となると怖い。だから大人を驚かすオバケ話は「実話」に限る。というか「実話です」と言わないと人は驚かない。従って「実話」となると人は興味を持って聞きたがる。

そうなると、心霊体験集は「実話」でなくてはならない。「実話」でないと売れない。もちろん、一般の人から多数の本当に体験した恐怖の「実話」も投稿されているとは思う。だが、昔から誰かが「私は幽霊を見た」と言えばすぐに「事実」として「実話」体験談としてしまうのが、日本のメディアの体質である。要は幽霊を「見た」と言ってくれる人がいれば良い。「見間違い」かどうかは関係ない。「ウソ」かどうかも関係ない。

これでは、誰かが体験談を話したという「事実」があるだけで、体験談の話の内容が「事実」とは意味合いが違う。だけど「幽霊を見た」と言う人がいれば、それはもう立派な「心霊体験実話」になる。こうなると「事実に基づいた実話」のはずが単に「(誰かが体験を)話したという事実が実話」になっている。要は「幽霊を見たという人が本当にいる」のは「実話」ですよということである。「実話」の意味が違うが「実話」には違いないから「実話」と称する。これで本としては「ウソ」は言ってないことになる(と思っている)。それだから、日本には(裏づけのない)「心霊実話」が多すぎるのではないかと感じる。そう、日本には「幽霊」が多すぎる。

「実話」怪談によれば、日本全国の学校のトイレと音楽室と理科室には必ず「霊」がいる。地方のアパートの廊下にも都市のマンションのエレベーターにも必ず「霊」がいる。観光地の旅館やホテルには「地縛霊」が必ずいて、タクシーの運転手は何人も「幽霊」を乗せている。何とかの遺跡には戦国時代の武将か旧日本軍の兵士が必ず「浮遊霊」として徘徊している。墓地では必ず「心霊写真」が写る。もちろん誰の家にも必ず「幽霊」が住んでいる。そしてテレビに出てくる「霊能力者」は「心霊スポット」を勝手に作り、聞かれると街中やテレビスタジオの中で「霊が見える、そこにいる」と言い出す。繰り返すが、日本には「幽霊」が多すぎる。

だが、身の回りで「幽霊」を見たという目撃談は極端に少ないというか、まともな話は聞いた事がない。テレビや本で良く見る「心霊写真」もまわりで持っているヤツがなかなかいない。お墓参りで墓地に行ったり、旅行で観光地に行ったりして記念写真を撮っても「霊」が写っていた例がない。全国どこの旅館やホテルに泊まっても「恐怖体験」などに出会った事がない。「霊感」が強くないのか、あるいは全くないからかも知れないが、そもそも「霊感」があるとか強いとかいう人間をまわりであまり見ない。(インチキや自称霊能力者はいるが)

メディアでは視聴者や読者からの「実話」の心霊話が溢れているのに、その多すぎるはずの「幽霊」は現実の世界では溢れていないのである。これこそホントの「怪談」である。

やはり、ホントと思われる「心霊体験」を体験者から直接聞いてみたい。だからと言う訳ではないが、オチャマメでは「怪談」を人前で語るのが上手い人にも出演してもらいたい。もちろん、エンターテインメントとしての怪談話でも良いし、「実話」の心霊体験でも良い。「プライバシーを考慮し仮名」ではなく、実名(もちろん芸名でも良い)でステージに上がり、「周囲の方への著しいご迷惑を恐れずに実際の地名」で「怖い話」をして頂きたい。

さあ、勇気をもって「あなたの体験談をお寄せ下さい」

注: 「オチャマメ」 とは、テレビ局プロデューサー、ディレクター、 放送作家等と組んで定期的に開催しているライブショー。

コピーライト2006 松本こうどう

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  • 2007.07.28 Saturday
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